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2,530円(税込)
2017年2月7日、大阪城ホールにて挙行された列福式ミサの公式記録集。長きにわたって日本のカトリック教会が待ち続けた瞬間、ユスト高山右近列福の宣言。
3,410円(税込)
本書は神学的人間論と恩恵論的教会論を扱っている。第2バチカン公会議による新しい見方から原罪論、教会論の明確な答えを与える書である。
5,720円(税込)
第2バチカン公会議は典礼憲章の中で聖務日課を全教会の祈りとし、特に朝・晩の祈りをすべての信者の祈りとして復興させることを奨励しました。
1,320円(税込)
『神の大いなる計画』は、「第三千年紀の霊性」に資することを目的とした書です。
イエスのようにすべてを見る。つまり、イエスが父のもとから遣わされ、父のもとへ帰っていく、そのイエスのように、ものごとを捉えるように──
990円(税込)
美しく力強い文と、愛情あふれる挿絵が、優しさと信仰をもって助けあいながら貧しさを乗り越えて生きる人びとの姿を鮮やかに描いている感動の書。
1,980円(税込)
ヨセフ年に因んで、聖人賛歌を纏めてみた。
聖人とは、神の御旨を実生活の中で行って来た人たちの事であろう。(解説より)
2,420円(税込)
庄司神父様(フランシスコ会)の読みやすい翻訳により、キリストが読者に語りかける形式を取る文章を読み進むうちに、キリストとの友情に生き、 キリストと一致した生活を送りたいとの望みをかき立ててくれることでしょう。
3,520円(税込)
ジョン・ヘンリー・ニューマン(19世紀)は、「第2バチカン公会議の祖」と呼ばれる神学者であり、枢機卿でした。聖霊内在論、良心の倫理、信徒の神学などは神学の世界に多くの影響を与えました。
2,200円(税込)
ろう者の信仰生活をめぐる、教皇庁の画期的な国際会議の講演録多様な立場からの発言を通して、開かれて生きることの意味を問う。
550円(税込)
第2バチカン公会議で活躍した著名な神学者が書いた聖母マリア論。
──聖母の生涯は、この「なれかし」に立っている。十字架の下に立ったのも、この「なれかし」の継続であった。
2,420円(税込)
古代エジプトの隠遁生活に始まり、現代まで脈々と受け継がれてきた修道士たちの営み。
ローマ・カトリック世界を中心に、その原初から近代のイエズス会の活動までを辿り、歴史の中に現れた多様な修道院のかたちを明らかにする。
2,970円(税込)
マザーテレサのあわれみに満ちた愛の教えと、それを日々どのように実践していたのかを伝える。「愛に満ちた聖人」は、神のあわれみを具体的なかたちで、そのように示し続けてきたか?
550円(税込)
本書は、以前に発行された『ミサ典礼書の総則と典礼暦年の一般原則』の「典礼暦年の一般原則」部分を独立させて編集したものです。
660円(税込)
救いの計画のなかで明確な位置を占めるマリア。聖書と聖伝を通してなされる豊かな考察によって、神の母の秘儀を鮮やかに浮き彫りにする。
≪CD≫ミサ──愛の秘跡・感謝の祭儀 「教会の祈り」より・一般賛歌
型番:4000210353
1,885円(税込)
典礼聖歌アンサンブルによる、ミサ曲と、「教会の祈り」から「ザカリアの賛歌」、「マリアの賛歌」など。
1,980円(税込)
「イエス・キリスト」と言う言葉は、最も短い「イエスは救い主である」と言う信仰告白になると言えよう。
キリストの光は人々に道・真理・いのちを示し、神の愛と救いのメッセージを伝える。
1,980円(税込)
シャロームとは、ヘブライ語で平和を、意味する言葉である。
以前、平和の状態は「秩序の静けさ」と説明していたものである。「平和は正義の業、愛の実り」の平和を実現したいものである。
1,650円(税込)
教皇ヨハネ・パウロ二世が回勅『教会にいのちを与える聖体』において述べている要請にこたえて、典礼秘跡省が教理省の協力を得て作成した文書。
1,320円(税込)
キリシタン禁令が撤廃された1873年、日本に派遣されたテストヴィド神父は徒歩で東海道を岐阜まで巡り、福音を伝え、御殿場にハンセン病患者のための神山復生病院を創設。本書はパリ宛ての師の18通の書簡から、その活動をたどる。
2,200円(税込)
『典礼聖歌 一般用』の新装版。
「ニケア・コンスタンチノープル信条」と「使徒信条」の新しい旋律を付録に収録。
【一般用・メロディ譜】
7,150円(税込)
『典礼聖歌 伴奏用』の新装版。
「ニケア・コンスタンチノープル信条」と「使徒信条」の新しい旋律を付録に収録。
【伴奏用、伴奏譜】
1,320円(税込)
混迷する社会の中で、キリスト者としてどう生きていったらいいか。教会はどこに向かっていけばよいか。カトリック神父の著者が黙示録から、その道筋を探り、未来への方向性を示す。
2,860円(税込)
マザーテレサの温かさそのもののような、あのほほ笑みに、救われた思いをもった人は数知れない。だが、その神に満たされたようなほほ笑みのかげに、彼女自身の神への激しい渇きが隠されていた。














































